事例16 土砂災害(表層崩壊)の危険性を把握したい

背景:精緻かつ総合的な斜面地形の脆弱性評価のために

従来の土砂災害予測や危険性の評価は、過去に発生した地すべりの履歴、傾斜、地層、地質などの情報を主としており、植生の情報はあまり使われていません。しかし、植生は土壌に対して緊縛効果があるため、斜面崩壊の抑制効果があると考えられています。例えば、ミズナラやコナラなどの自然林は根深型の根を持ち、斜面崩壊への抑制効果が高く、一方、崩壊地植生は低木が主体で、高木と比較して根の分布が浅いため、斜面崩壊に対する抑制効果が低いと言われます。したがって、土砂災害発生の可能性に影響を与える要因としての植生分析や、それらを防災機能などと関連付けた予測・評価は、重要な意味を持ちます。

Fig16-00
日本 宮城県 大崎市

現在の研究実績

本事例では、植生情報と地質情報を組み合わせた表層崩壊危険度マップを作成しました。

まず、現地調査データをもとに対象地域の森林タイプを設定し、ハイパースペクトルデータを利用して森林タイプ分類を行いました。分類には、情報量を保ちつつ次元削減が行える「PCA[1]」と反射率データをそのまま用いる「多クラスSVM[2]」とを組み合わせた「PCA+多クラスSVM」を用いました。これは、高波長分解能かつ連続的なデータであるハイパースペクトルデータだからこそできる手法です。分類結果は、やや誤分類がみられるものの、全体精度で約89% と良い精度で分類できていることが確認できました。

次に、地質・地形情報として容易にデータの取得ができる斜面勾配、遷急線[3]、地質・岩相を利用し、危険度の高い場所を抽出しました。最初に遷急線と斜面勾配による評価マップを作成し、次に地質・岩相情報から最も危険と判定された溶結凝灰岩の部分を抽出しました。表層崩壊の危険度は、一般的に遷急線からの距離が近く、かつ斜面勾配が急な場所で高いといえます。対象地域では、遷急線から50 ~ 100 m以内が急勾配で、それより離れると勾配が緩やかになることから、遷急線からの距離50m 以内を危険度の指標としました。また、対象地域の勾配の状況を踏まえて、勾配40 度を危険度のしきい値としました。ハイパースペクトルデータの解析により得られた植生情報と、地質・地形情報の結果をもとに、表層崩壊の予測・危険性の評価を行い、表層崩壊危険度マップを作成しました(図参照)。

Fig16-01
地質的観点から最も脆弱性が高いと判定された地域に対し、植生の情報を追加して危険度を評価

この危険度マップと現地での崩壊地を比較すると、危険度マップで危険度の高い場所に地形・地質調査で確認された崩壊地が含まれていました。また、危険度マップの範囲に、植生調査で確認された渓畔林(やや不安定)と崩壊地植生[4]が含まれていました。現地踏査を行うことを想定した場合、これらの情報を使うことで調査の効率化が見込まれます。

Fig15-02
崩壊地植物(タニウツギ)のスペクトル
Fig15-03
表層崩壊危険度マップと現地の崩壊地の重ね合わせ図

期待される活用方法

本事例の成果は、自治体、インフラ事業者、海外事業実施者など、国内外のユーザーによる利用が期待されます。

例えば、国内においては防災対策箇所の絞込みや優先度設定情報としての利用が見込まれます。また、海外においては、タイやマレーシアなどの雨季に斜面崩壊が多発している地域において、ハザードマップの信頼性を高める要素として利用されることが期待されます。


[1] Principal Component Analysis の略。主成分分析といい、多変量解析の一種。

[2] 各データが予め用意されたクラスのどれかに分類される「多クラス分類」の考え方とSupport Vector Machine(SVM)を組み合わせた手法。

[3] 遷急点(斜面上側から下側を見下ろしたときに斜面が急傾斜になる地点)を連続して結んだ線。

[4] 本事例では、裸地から草地の時期にみられるウド群落やヤマハギ等の幼木,低木から陽樹林の時期にみられる先駆的植生であるタニウツギ、ヤマグワ、ヤマハンノキを崩壊地植生として扱っている。