事例14 サンゴの白化および白化からの回復を把握したい

背景:地域経済、生物多様性維持のために

 サンゴ礁は、観光や漁業などで地域経済を支えるとともに、生物多様性の維持のためにも重要な役割を担っています。 しかし、気候変動による海水温度の上昇に伴い、サンゴの白化現象が世界各地で急激に進んでいます。白化現象は、 サンゴに共生している褐虫藻がサンゴの組織内から放出されることで起こります。これが長く続くと、サンゴは褐虫藻から 栄養を得られなくなり、サンゴの死滅につながります。白化後の状況(回復または死滅)を把握することは、地域経済や 生物多様性維持のためにも非常に重要です。  サンゴ礁の調査は、調査員が現地に行き、サンゴ礁の被度、種類、群体数など多数の項目を目視で確認する方法で 行われています。しかし、この調査方法では、多くの時間とコストがかかるだけでなく、調査範囲も限られてしまいます。 さらに、目視観察という主観的な方法であるため、調査員による調査結果の違いが発生する可能性があります。  そこで、客観的に広範囲のサンゴ礁の状況を把握するために、衛星リモートセンシングの利用が検討されてきました。 これまでも、マルチスペクトルデータがサンゴ礁の分布調査に使われてきました。しかし、褐虫藻が共生している 生きたサンゴ( 生サンゴ) と、死滅した後に藻類で覆われたサンゴ( 死サンゴ) のスペクトルの特徴がよく似ているため 分類は困難でした。そこで両者を分類する手法が望まれます。

Fig014-00
日本 沖縄県 阿嘉島

現在の研究実績

 本事例では、底質指標画像[1]と一次微分画像[2]を使って、 生サンゴと死サンゴを分類しました。  はじめに水深の影響を受けにくい底質指標を使い、ハイパースペクトルデータから底質指標画像を作成しました。 作成した底質指標画像に対し、現地調査データを教師とした教師付き分類を行い、「海草」、「生サンゴ・海藻・岩」、 「死サンゴ・礫」、「砂」の4 つのカテゴリに分類しました。  次に、一次微分画像を使って、「生サンゴ・海藻・岩」のカテゴリから、生サンゴを抽出しました。一次微分処理は 波長を連続的に観測しているハイパースペクトルデータだからこそ可能な手法です。この処理を行うことで、 対象物のスペクトルの特徴を利用した詳細な分類ができるようになります。サンゴのスペクトルの特徴は、 515nm ~ 575nm のバンドによく現れるので、その波長帯の一次微分画像に対し、教師付き分類を行いました。 ただし、水によるスペクトルの吸収の影響を受けるため、深い海の領域を除いて分類しています。  底質指標画像と一次微分画像から作成した分類図を統合することで、「海草」、「生サンゴ」、「海藻」、「岩」、 「死サンゴ・礫」、「砂」、「深海」の7 つのカテゴリに分類できました。分類図を現地調査データと比較したところ、 正答率は70%でした。さらにサンゴだけでなく、海草と海藻類の分類に対する有効性も示されました。

Fig14-01
Fig14-02
底質のスペクトル(上)と1次微分値(下)

 本事例では、航空機ハイパースペクトルデータをもとに衛星搭載型ハイパースペクトルセンサのシミュレーションデータ を作成しました(上表参照)。その中から航空機ハイパースペクトルデータの波長帯と対応する54 バンドを使って、 現地調査で取得したデータを教師データに、SVM 法[3]で分類を行いました。 分類結果を現地調査結果と比較したところ、正解率が約60%でした。またバンド数を減らして解析をすると、 正解率が低下しました。この結果から、バンド数が多いハイパースペクトルデータの有用性が示唆されました。 今後は、他の地域でもハイパースペクトルデータを使った分類を実施し、様々な環境で利用できるように汎用性の向上を目指します。

期待される活用方法

サンゴ礁モニタリングへの情報提供
 ハイパースペクトルデータを使うと、生サンゴと死サンゴのわずかなスペクトルの違いを捉えることができるので、これらの分類が可能となります。得られた分類結果は、広範囲のサンゴ礁モニタリングに活用でき、さらにサンゴの保全にも役立てられると期待されます。また、海草と海藻類を分類できたことから、サンゴ礁に限らず、全国の沿岸環境モニタリングへの活用も期待されます。


[1] 底質とは、河川、湖沼、海域などの水底を構成する粘土、シルト、砂、礫などの堆積物や岩のこと。貝類、水生昆虫類、藻類をはじめとした底生生物の生活の場。( 環境省 環境アセスメント用語集より引用。)底質指標とは、底質が同じならば反射率比は一定となるとした底質指標原理に基づいた値のこと。(Lyzenga,1978)

[2] 一次微分処理を行った画像。一次微分処理とは反射率の一次微分を求めることで、対象のスペクトルの変化点を強調する処理をいう。