事例13 塩害による土地の劣化を把握したい

背景:農地の生産力の維持・向上のために

土壌の塩害に対する関心は高く、塩害対策のための研究が各国の研究機関で進められています。しかし、塩類集積[1]の程度を、広域かつ効率的にモニタリングする技術の開発は未だ十分とはいません。

これまでも、マルチスペクトルデータを用いた塩類集積把握の試みはされてきましたが、マルチスペクトルデータはバンド幅が広く、バンド数も限られているため、塩湖のように地表に塩類が晶出して白くなった地域(不可逆的な塩害地域)とそれ以外の地域を分類することしかできませんでした。しかし、政府、地方政府研究機関、土地管理者、環境保護団体等は、このような塩湖の抽出よりも塩害化の初期段階の情報を必要としています。塩害化の初期段階で情報が提供されれば土地の再生計画に生かすことができ、劣化を食い止めることができます。

Fig13-00
オーストラリア 西オーストラリア州 小麦ベルト地帯

現在の研究実績

本事例で対象とした西オーストラリア州には”Wheat Belt” と呼ばれる小麦の穀倉地帯が広がり、栽培された小麦の多くが日本に輸出されています。しかし、この地域の塩害はオーストラリアで最も深刻なため、早急な塩害対策が必要です。本事例ではこの地域を対象地として土壌塩害推定マップの作成に取り組みました。

本事例では、航空機で観測されたハイパースペクトルデータを用いて、複数の土壌タイプに適用可能な汎用的な推定手法の開発を行いました 。既往研究[2]から、塩分濃度が増加するのに伴い1900nm 周辺に見られる吸収のピーク位置が長波長側に30nm 程度シフトすることや、塩分濃度が高くなると1965nm から2000nm 付近に吸収の肩が出現することが報告されています。

本事例では、塩類濃度の増加に伴う吸収の変化に注目して、1970nm から2130nm の波長帯に含まれる全てのバンドを用いたNDXI[3]の手法に従い、塩害化の指標値(SI[4])と塩分濃度の関係を調べました。その結果、2027.3nm と2008.6nm における値の差分値が最も相関が高いことが分かりました。この指標値と採取済の土壌のEC1:5[5]の分析値との関係からEC1:5の推定式を作成し、土壌塩害推定マップを作成しました。この推定マップで用いられた波長の選定は、ハイパースペクトルデータを使うことで可能となりました。

Fig13-01
NDXIの計算結果
Fig13-02
EC1:5と指標値(SI)との関係

現地調査で採取した土壌試料を使って推定精度を検証した結果、分布パターンを正しく抽出できていることが確認できました。既存の土壌塩害推定マップでは塩類集積の有無だけしか分かりませんでしたが、この手法を用いることで塩類集積の程度まで推定できる可能性が示されました。

Fig13-03
既存の土壌塩害推定エリア(青色で塗りつぶされた範囲)
Fig13-04
観測データ土壌塩害推定マップ

期待される活用方法

ハイパースペクトルデータによる土壌塩分濃度の定量的推定技術が確立されることで、以下の活用が期待されます。

食糧生産の向上

塩害化している圃場に対して耐塩性を持つ小麦を導入することで、小麦の収量が1.5 ~3 倍に増え、収量が0 だった耕作放棄地からも収穫ができるようになると考えられます。

水資源問題

塩害地では水源の塩害化による飲料水や生活用水の確保が困難になっています。土壌の塩害化低減策に貢献することで、これらの水資源問題の解決に繋がると期待されます。

世界的な気候変動へ与えるインパクトの軽減

塩害化対策の一環で植林活動が行われていますが、土壌の塩害化の程度に対応しない樹種は生育の途中で枯死しています。植林活動の計画立案の際に、本研究成果の土壌塩害推定マップがあれば、各塩害化の程度に対応した樹種の選択ができるようになります。


[1] 本来土層に含まれている塩分が地下水位の増加に伴って毛管上昇し、土壌面蒸発によって塩類のみ地表に集積すること。(一般財団法人環境イノベーション情報機構HP より)。

[2] Ben-Dor R. R., Goldshleger N., Mor E., Mirlas V. and Basson U., Combined active and passiveremote sensing method for assessing soil salinity: A case study from Jezre’el Valley, NorthernIsrael, 2009, Remote Sensing of Soil Salinization, Edited by Metternicht G. & Zink J. A., CRCPress, p. 235-253

[3] ここでは、全バンド総当りの組み合わせ計算によって最も相関の高い指標を求める手法を指す。NDVI(Normalized Difference Vegetation Index, 正規化植生指数)、NDSI(Normalized Difference Soil Index, 正規化土壌指数)、NDWI(Normalized Difference Water Index, 正規化水指数) を総じてNDXIと呼ぶこともある。参考)Inoue Y., J. Penualas, A. Miyata and M. Mano, 2008, ”Normalized difference spectral indices for estimating photosynthetic efficiency and capacity at a canopy scale derived from hyperspectral and CO2 flux measurement in rice,” Remote Sensing of Environment, 112, p. 156-172.

[4] Ri-Rj)/Rmax の関係式で得られる指標。R は各波長における反射率、Rmax は最大反射率値を示す。

[5] 電気伝導度(Electrical Conductivity)、単位は(mS/m)。水の電気伝導度を測ることで、塩分濃度が分かりる。EC1:5 は、土壌と蒸留水の比率が1:5 となる。