事例12 湿地の植生を把握したい

背景:生物多様性保全のために

 湿地にある自然草地は、多様な植物が群落を形成しており、様々な動物の生息地として重要な役割を果たしています。 しかし、近年の経済優先の開発や気候変動の影響で自然草地の衰退・劣化が加速しており、生物多様性の観点から、 その保全が課題となっています。こういった状況のなか、近年「生物多様性オフセット[1]」を 始めとした経済活動と関連する生物多様性保全対策の重要性が高まっています。このような保全対策では、実際に生物多様性が 保全されたことを証明するために、生態系の価値の定量的な評価[2]が求められます。 この評価で重要となるのが、生態系の空間的な分布を示す植生分類情報です。 そこで、広域を効率的に調査・解析することができるリモートセンシングの需要が高まると考えられます。 これまでも、マルチスペクトルセンサを使った植生分類は行われてきました。しかし、異なる種類の植物でも葉のスペクトルは、 非常に似た特徴を持っており、精度の高い分類を行うためには多時期のデータが必要です。多時期のデータを使うとコストが 大きくなるため、多時期のデータを必要としない手法の開発が望まれます。

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日本 栃木県 栃木市 渡良瀬遊水地

現在の研究実績

 本事例では、広大な湿地に自然草地が形成されている渡良瀬遊水地を対象に、草地の植生分類を行いました。 分類対象は、対象地の主要な群落である、ヨシ、オギ、セイタカアワダチソウの3 つです。

Fig12-01

 本事例では、航空機ハイパースペクトルデータをもとに衛星搭載型ハイパースペクトルセンサのシミュレーションデータ を作成しました(上表参照)。その中から航空機ハイパースペクトルデータの波長帯と対応する54 バンドを使って、 現地調査で取得したデータを教師データに、SVM 法[3]で分類を行いました。 分類結果を現地調査結果と比較したところ、正解率が約60%でした。またバンド数を減らして解析をすると、 正解率が低下しました。この結果から、バンド数が多いハイパースペクトルデータの有用性が示唆されました。 今後は、他の地域でもハイパースペクトルデータを使った分類を実施し、様々な環境で利用できるように汎用性の向上を目指します。

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衛星シミュレーションデータを使った分類結果

現地調査結果

期待される活用方法

環境保全対策への情報提供
 生物多様性オフセットなどで、生態系の価値の定量的な評価を求められた際には、全域の詳しい植生情報が必要 となります。この情報を得るために現地調査が行われます。しかし、対象範囲が広い場合、膨大な時間と費用が かかるため、全域を調査するのは困難です。そこで、ハイパースペクトルデータと現地調査データを用いた 教師付き分類の実施が期待されます。教師付き分類は分類に必要な代表的な地点の現地調査データがあればよいため、 調査期間の短縮と費用の削減が見込めます。また、この解析によって得られた、広域かつ詳細な分類成果が、 生態系の価値の評価に活用できると期待されています。


[1] 事業などで開発などを行う際に、生態系に対して回避できないマイナスの影響を及ぼすおそれがある場合、別の生態系を復元または創造することで、影響を代償(オフセット)する仕組み。欧米では既にこの仕組みが導入されている。

[2] 「HEP:Habitat Evaluation Procedure( ハビタット評価手法手続き)」などで評価する。

[3] Support Vector Machine の略。機械学習によるパターン認識手法のひとつ。