事例9 ケシの不法栽培を監視したい

背景:麻薬などの薬物不法栽培への対策・防止のために

麻薬などの薬物の不法使用は、世界各国で社会懸案事項となっています。その対策・防止には、原料となるケシをはじめとする植物の不法栽培圃場の発見、抽出および監視が有効です。不法栽培に対するこれらの活動は、各国政府の政策決定や麻薬の流通防止における重要な取り組みとなっています。

国連薬物犯罪事務所(UNODC[1])などは、高分解能のマルチスペクトルデータを用いて不法栽培圃場の監視を行っています。しかし、マルチスペクトルデータでは、播種・生育・収穫の各時期に現れる明確な土地被覆変化がないとケシ圃場を抽出できません。そのため、複数時期のデータが必要となり、雲などの影響で明瞭な画像データを入手できなかった場合には、ケシ圃場の抽出精度が低くなることが考えられます。複数時期のデータを必要としない手法、すなわち単時期の画像から効率的にケシ圃場を抽出できる手法の開発が望まれます。

Fig09-00
オーストラリア タスマニア州 ロングフォード地区

現在の研究実績

オーストラリアのタスマニア州では、薬用としてケシを合法的に栽培しています。この地域におけるケシの圃場抽出事例を紹介します。

本事例では、レッドエッジ[2]のスペクトルを用いた土地被覆分類手法と、部分最小二乗法判別分析(PLSDA[3])という2 つの手法を使用することで、ケシ圃場抽出の分類精度を高めました。分類項目は、ケシとこの土地の主要作物である小麦、その他の作物の3 項目です。その他の作物には、牧草やジャガイモ、休閑地が含まれます。

Fig09-01
ケシ
Fig09-02
小麦

分類の手順として、始めにレッドエッジのスペクトルを用いた土地被覆分類を行います。イネ科植物のレッドエッジ付近のスペクトルは、出穂に伴って変化し、他の植物とは異なる特徴を示します。波長分解能が高く、連続性のあるハイパースペクトルデータでは、この差異を捉えることができ、効果的にイネ科である小麦と牧草を分類することが可能です。

次に、全てのバンドを使用してPLSDA を行い、残っている圃場からケシとその他の作物の圃場を分類します。これにより、一度の撮影でケシの栽培圃場を、左図のように抽出することが可能となります。

今後、植物のスペクトルが生育段階によって変化するという特徴を考慮したハイパースペクトルデータの観測時期の最適化により、分類精度の向上が見込まれます。

Fig09-04
ケシと小麦のスペクトルの一次微分値
Fig09-03
農地におけるケシ圃場抽出結果

期待される活用方法

対象国の麻薬取締機関への情報提供

波長分解能の高さを活かしたハイパースペクトルデータによるケシ圃場とその他の作物との判別結果と、優れた判読性能を持つ高分解能マルチスペクトルデータによる作付け候補地の抽出結果を組み合わせることで、不法栽培圃場の早期発見が可能となります。下図は、各種センサの組み合わせによるリモートセンシングを活用した不法栽培圃場監視の運用イメージです。このような運用を行うことで、不法栽培圃場の抽出情報が活かされ、薬物撲滅活動のより一層の強化に繋がると期待されます。

Fig09-05
不法栽培作物監視の運用イメージ

[1] United Nations Office on Drugs and Crimeの略。

[2] 植物の反射スペクトルにおける680nm~750nmにかけての反射率の急激な変化のこと。植物の種類のほか、その育成状況によって微妙に変化し、植物の活力、クロロフィルの含有量を示すとされている。

[3] Partial Least-Squares Discriminant Analysisの略。多変量解析の一種。複数データの情報量を低次元に圧縮する方法の一つ。データの共線性を排除しつつ低次元に情報量を圧縮して分類する回帰分析手法。