事例6 小麦の収量・品質・作付け状況を知りたい

背景:小麦の安定供給のために

 小麦は米穀と並び日本の主要食糧に位置付けられています。しかし、日本で食べられている小麦の約90%は、 アメリカ・カナダ・オーストラリアから輸入している外国産です。中でもオーストラリアでは日本などへの輸出 のために品種改良を重ね、うどんや即席麺などの麺類に適した小麦が開発されました。そのため、麺類用の小麦 (中力粉[1])のほとんどはオーストラリアからの輸入に頼っています。しかし、オーストラリアでは、2002 年、 2006 年、2007 年に大規模な干ばつが発生したことにより小麦の生産量が著しく落ち込み、日本では麺類の価格が 高騰しました。  オーストラリアから小麦を安定して輸入するためにも、「広い範囲で収穫前に収量を推定すること」「パン類・ パスタ類・麺類等のそれぞれの用途に適した品質であることを収穫前に推定すること」「小麦の生育が順調であるか を確認すること」「収量に最も影響する作付面積を高精度で把握すること」などが求められています。これらを実現 するために、リモートセンシングを用いた収量や品質の推定方法が検討されており、より推定精度を向上させるための 技術開発が望まれます。

Fig06-00
オーストラリア 西オーストラリア州
パース、マレワ近郊

現在の研究実績

 農家や輸入業者などのユーザが求める小麦の生産情報のうち、小麦の作付け面積・収量・品質に着目しました。 作付け面積は、作物の分光反射特性から小麦とそれ以外の作物に分類でき、また、現地で得られた実測値および 試料分析値から、収量は子実重、品質は子実窒素含有率に強い相関があることがわかりました。 これらの指標と相関のある波長を使って解析することで、作付け面積や小麦の収量、品質を推定できます。 作付け面積は、NDBI[2]、NDGI[3]、 NDVI[4]のカラー合成画像を使って解析し、推定精度を79.0%まで高めることができました。 子実重は、iPLS 法と重回帰分析、子実窒素含有率は重回帰分析を行うことで、実用レベルでの推定が可能なことが 示されました。これらの解析には、短波長赤外域[5]で現れる波長の形状のわずかな違いを利用しているため、 波長分解能が高い(波長帯域幅が短い)ハイパースペクトルデータが有効です。今後は更なる応用として、 ユーザニーズが大きい項目(たんぱく含有量、でんぷん等)の推定手法を構築することを目指します。

Fig06-05
子実重推定結果
(推定モデル決定係数:0.66)
Fig06-06
子実窒素含有率推定結果
(推定モデル決定係数:0.94)
Fig06-07
作付け分類図
(正解率:79.0%)
Fig06-01

Fig06-02

Fig06-03

Fig06-04
Fig06-08
小麦・菜種・ルーピン豆・休耕地の反射率

期待される活用方法

 既存の中分解能多頻度衛星(MODIS等)でも、小麦の広域生育状況の情報を提供できますが、 短波長赤外域をより詳細に観測できるハイパースペクトルデータを解析に加えることで、解析精度の 向上が期待されます。また、広域の生育状況を対象とするのではなく、特定の圃場など関心領域に対して、 小麦の生育状況に関する情報の提供も考えられます。

 例えば、以下のような活用方法が考えられます。
 ・刈り取り時期や施肥の管理
 ・小麦生育状況の定期的な把握
 ・現地情報と組み合わせた圃場レベルでの収量・品質などの情報


[1] 小麦はたんぱく質の量の違いによって3種類に分けられ、強力粉・中力粉・薄力粉となる。

[2] 青色波長域から緑色波長域への変動を示す指数

[3] 緑色波長域から赤色波長域への変動を示す指数

[4] 赤色波長域から近赤外波長への変動を示す指数

[5] 一般に、1.0~2.5 μ m の間の波長のことをいう。水分や土壌、資源の解析に使われることが多い。