事例5 水稲の生産量を知りたい

背景:食料の安定供給のために

インドネシアが抱える課題のひとつに、農業に関する統計情報の不正確さがあります。特に主食である米の収量統計が不正確なため、米の輸入が必要かどうか正しい判断を下せないことがインドネシア政府で問題となっています。食料安全保障に関わるこの課題を解決するためには、農作物の作付面積と収量の把握が必要です。

しかし、国土が広大なインドネシアでは、全体の作付面積を把握するのは容易ではありません。そこで、一度に広域をモニタリング可能な衛星リモートセンシングの利用が検討されています。これまでも、マルチスペクトルセンサを用いた作付け状況や品質把握の事例は、複数報告されています。いずれも複数時期の衛星画像を必要とするため、雲が多いインドネシアで同じ手法を適用するのは困難です。この課題を解決するために単時期の画像で作付け状況や生育段階の分類ができる技術の開発が求められています。

Fig05-00
インドネシア 西ジャワ州 カラワン地区

現在の研究実績

ハイパースペクトルデータの解析から、生育段階の違いによってレッドエッジ[1]のスペクトルに差があることが判明しました。この特徴に注目し、レッドエッジ付近の10 バンドを用いたスパース判別分析[2]を行うことで、生育段階ごとの面積を算出し、さらにLASSO[3]回帰 とBiPLS[4]回帰 を用いて収量推定モデルを構築し、「水稲の生育段階分類図」と「水稲の収量推定図」を作成しました。

Fig05-03
水稲の生育段階別の反射率(実線:平均値 網掛部:標準偏差範囲)

生育段階分類図は、水稲の生育のずれを明瞭に表現できています。収量推定図と統計データを比較すると、水田のカバー率(統計値の水田面積と推定モデルの対象水田面積との比率)が30% 以上の地域では、誤差が15% 未満という結果でした。これは、米国農務省農業統計局(NASS) の生産量予測など、一般の農業統計等と比較しても遜色ない結果であり、ハイパースペクトルデータを利用した手法の有効性が確認されました。

Fig05-01
水稲の生育段階分類図
Fig05-02
水稲の収量分類図

期待される活用方法

インドネシアの水稲栽培の特徴として、水源からの距離により生育段階が異なることが挙げられます。農業用水は、内陸の山間部に位置するダムから近い地域順に供給されます。この水の供給の時間差が原因となり、地域によって約2 週間の生育段階のずれが発生します。この生育のずれが、正確な統計を難しくする要因の一つです。

そこで、収穫前に収穫時期と収穫量を推定する方法として、本事例で紹介した「水稲の生育段階分類図」と「水稲の収量推定図」を活用します。これらを使うことで、国内の米需給の調節(輸入量の判断)や収量向上のための対応を、より迅速かつ容易にできるようになると期待されます。また、本事例で紹介した手法は、統計システムが整っていない国でも実用レベルの精度が得られることから、今後は、水稲栽培に取り組む近隣諸国での利用が期待されます。


[1] 植物の反射スペクトルにおける680nm~750nm にかけての反射率の急激な変化のこと。植物の種類のほか、その育成状況によって微妙に変化し、植物の活力、クロロフィルの含有量を示すとされている。

[2] 最適化計算を経て、判別に寄与しないパラメータをモデルから取り除くことで、モデルの複雑化を抑え、過剰適合が起こりにくい分類方法。

[3] Least absolute shrinkage and selection operator(Tibshirani,1996)の略。多変量解析の一種。モデルで使用するパラメータ数に関する罰則を課すことで、モデルの過剰適合を回避する回帰分析手法。

[4] Backward interval PLS (BiPLS) 回帰(Zou, 2007) の略。多変量解析の一種。多重共線性を回避するための回帰手法として利用されるPartial Least Squares(PLS)回帰において、予測に寄与しない説明変数を最適化計算により除外し、残された説明変数を用いたPLS 回帰により推定モデルを構成する回帰分析手法。