事例4 効率的に水稲の生育診断をしたい
背景:広域の水稲圃場の生育診断手法の開発に向けて
水稲栽培における窒素の不足は、生育不良や収量の低下をもたらします。一方で、過剰 な窒素は倒伏やいもち病、さらには米の品質低下の原因となるタンパク質含有量の増加を 引き起こします。そのため水稲栽培では、生育の途中で稲の窒素栄養状態を知るための生 育診断を行い、診断結果をもとに施肥の量や時期を決めています。 これまで、葉色カラースケールを用いた葉色診断方法や、簡易型透過光計測機器(SPAD[1]) を用いた方法が生育診断の方法として広く普及してきました。しかし、これらの手法で 得られるのは局所的なデータなので、広域の圃場に適用すると場所によって精度にばらつき が出ます。そのため、広域圃場を対象にした効率的かつ安定した精度が得られる生育診断手法 の開発が求められています。
宮城県 大崎市古川
山形県 酒田市広野
現在の研究実績
本事例では、酒田市と大崎市の水稲を対象に、効率的な生育状況の把握を目的として、 一般化正規化分光指数(NDSI[2]) および既往植生指数を用いた玄米粗タンパク含有率の 推定手法を開発しました。使用したデータは、航空機ハイパースペクトルセンサAISA と携帯型ハイパースペクトルセンサFieldSpec で観測したデータです。 まず、それぞれの対象地で取得したデータを用いて、波長の全組み合わせでNDSI を計算しました。これらのNDSI を用いて、実測した玄米粗タンパク含有率を推定する 回帰式を作成し、回帰式の決定係数R² のコンターマップを作成しました。
9月14日のAISAを説明変数としたときのコンターマップ
8月25日のAISAを説明変数としたときのコンターマップ
9月14日のFieldspecを説明変数としたときのコンターマップ
6月16日のFieldspecを説明変数としたときのコンターマップ
次に、AISA のデータを用いて、広域の玄米粗タンパク含有率を推定する方法を検討しました。
コンターマップで決定係数の高い波長の組み合わせが複数あったため、特に玄米粗タンパク含有率
の推定に適した波長を選ぶ必要があります。そこで、既往研究で得られている複数の植生指数を
使って検証を行いました。その結果、mNDVI に用いる波長の組み合わせで決定係数が高くなることが
分かりました。
酒田を観測したAISA のデータからmNDVI[3]を計算し、玄米粗タンパク含有率(Pr)の推定式を求めた結果、
Pr(%)= 27.8 × mNDVI -9.25 が得られました。この推定式から玄米粗タンパク含有率推定図を作成し、
現地の状況と概ね一致した結果が得られていることが確認できました。このような詳細なコンターマップ
を用いた波長の抽出は、高波長分解能かつ連続的なデータであるハイパースペクトルデータを使うことで
可能になります。
AISAを用いて推定した玄米粗タンパク含有率推定図
水稲の反射スペクトル
期待される活用方法
水稲は、日本を含むアジアにおいて主要な農業生産物です。水稲の生産には米の品質と 収量の管理が不可欠です。本事例の結果は、広域での品質の把握に繋がると考えられ、 生育状況の把握や、農地の管理への活用が期待されます。またハイパースペクトルデータ を使うことで、米の品種を分類できる可能性があることから、植えられた品種が管理されて いない、アジア諸国の水稲農業においても、効率的な生育診断が可能になることが期待されます。